大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長野地方裁判所 昭和33年(ワ)19号 判決 1961年12月27日

原告 亡青木たか遺言執行者 山岸泰治

被告 青木直一

主文

一、原告の訴を却下する。

二、訴訟費用は山岸泰治の負担とする。

事実

原告は、「被告は原告に対し別紙目録<省略>記載の建物につき長野地方法務局昭和三二年一一月二五日受附第一〇七五五号をもつて昭和三二年一一月一七日相続を原因として被告のためになされた所有権移転登記の抹消登記手続をなせ。」との判決を求め、請求原因として、被告の養母である亡青木たか(明治二九年九月一九日生)は昭和三二年一〇月二四日長野市南県町日本赤十字社長野病院において公証人高井麻太郎に嘱託して同人の姉である新井まつ、山岸せつ両名を立会証人とし、民法第九六九条所定の方式に従い公正証書によつて、「一、原告を遺言執行者に指定する。二、青木たか所有の別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)のうち西側一九坪七合五勺を同人の医療費及び葬儀費用を支払うとの負担附で夫青木常治に遺贈する。三、本件建物のうち東側二三坪三合五勺は遺言執行者において適宜売却し、売却代金中金二万円は吉沢ますに与え、金二万円は実子亡茂の供養のため長野市吉田本町善教寺に寄附し、残余は原告、中村房治、新井まつ及び山岸せつの四名が協議の上適宜処分するものとする。」との遺言をなし、同年一一月一七日死亡した。しかるに被告は同月二五日本件建物全部につき自己のため長野地方法務局受附第一〇七五五号をもつて相続を原因とする所有権移転登記を経由し、右遺言の執行を不能にしたので、原告は遺言執行者として右登記の抹消登記手続を求める、と述べた。<証拠省略>

被告は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、被告の養母である青木たかが昭和三二年一一月一七日死亡し、被告が同月二五日本件建物につき原告主張の所有権移転登記を経由したこと、同年一〇月二四日公証人高井麻太郎により、原告主張の内容を記載した青木たかの遺言公正証書が作成されたことは認めるが、青木たかは当時病気のため心神喪失の状況にあつたから右公正証書による遺言は無効である。仮にそうでないとしても右遺言公正証書の立会証人である新井まつ、山岸せつは、右遺言により本件建物東側二三坪三合五勺の売却代金から金四万円を控除した残余を原告及び中村房治と共に取得すべきものと定められているものであつて、民法第九七四条第三号により本件遺言の証人たる適格を欠くから、右公正証書による遺言は民法第九六九条第一号に違反し全部無効である。従つて原告は遺言執行者たり得ないから本件訴は失当である。仮に本件遺言が全部無効ではないとしても、青木たかには死亡当時前記青木常治及び被告ほか一名の相続人があつたので、青木たかが遺言によつて処分し得る自由分は遺産の二分の一であるところ、同人が遺言執行者の適宜処分に委ねた本件建物東側二三坪三合五勺の価格は、同人の唯一の遺産である本件建物の価格から同人の治療費、葬儀費用合計金二〇万〇八一四円を控除した金額の二分の一を超過するから、本件遺言は被告等の遺留分を侵害し、その限度において無効である。よつて被告に対し本件建物全部につき所有権移転登記の抹消登記手続を求める原告の本訴請求は失当である、と述べた。<証拠省略>

理由

被告の養母である青木たか(明治二九年九月一九日生)が昭和三二年一一月一七日死亡したこと、同年一〇月二四日公訴人高井麻太郎により原告主張の内容を記載した同人の遺言公正証書が作成されたことは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第一号証、証人新井まつ、山岸せつ、中村房治の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、青木たかは昭和三二年一〇月二四日当時入院中であつた日本赤十字社長野病院において、公証人高井麻太郎に嘱託し、同人の姉である新井まつ、山岸せつ両名を立会証人として公正証書により原告主張の内容の遺言をしたことが認められる。被告は、青木たかは当時病気のため心神喪失の状況にあつたと主張するが、前記各証拠によれば同人は当時心神喪失の状況になかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

本件遺言中本件建物東側二三坪三合五勺の売却代金から金四万円を控除した金額を原告、中村房治、新井まつ、山岸せつの四名が協議の上適宜処分するものとした部分の趣旨は、本件遺言公正証書(甲第一号証)の記載自体からは明かでないので、次にこの点につき検討するに、証人新井まつ、山岸せつ、中村房治の各証言及び原告本人尋問の結果を併せ考えれば、その趣旨は前記金額を前記四名に遺贈し各自の取得金額は右四名の協議による決定に委ねるというのであり、かつ右四名につき特に別異に扱うべき意思が認められないから協議が調わないときは各自の取得金額は平等とする趣旨であると解釈するのが相当である。而して右のように金銭を数名に遺贈し各自の取得金額の決定を受遺者等の協議に委ねる遺言も、被相続人が遺言によつて共同相続人の相続分の指定を第三者に依託することができること(民法第九〇二条第一項)に照らし、それ自体無効ではないと解すべきである。

そこで進んで本件遺言が民法所定の方式に従つてなされたか否かについて判断するに、本件遺言は新井まつ、山岸せつ両名を立会証人として公正証書によつてなされたものであることは前認定のとおりであるところ、右両名は本件遺言による受遺者であること前叙のとおりであるから、右両名は民法第九七四条第三号により本件遺言の証人たる適格を欠き、本件遺言は民法第九六九条第一号に違反し民法所定の方式に従わずになされたものであるといわねばならない。

そうとすれば本件遺言は全部無効であつて、原告を遺言執行者とする指定も無効であるから、亡青木たかの遺言執行者たる資格において提起した原告の本件訴は不適法として却下を免れない。

ところで、遺言執行者は自己の名において訴訟行為をなす者であるが、その効果が相続人に帰属する(民法第一〇一五条参照)点においては他人の代理人として訴訟行為をなす者と同一であるから、民事訴訟法第九九条、第九八条第二項を類推適用して本件訴を提起した山岸泰治(個人)に訴訟費用を負担させ主文のとおり判決する。

(裁判官 滝川叡一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例